読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

novintos

のびられぬ日はのびぬなり

関西弁

なんて気持ちいいんやろ、関西弁。

 

こどものころから使ってる言葉、というか音

 

わたし、なんて使ったことなかった。

うち、って呼んでた。

そうだね、は、せやね

いいよ、は、ええよぉ

そうじゃない?、は、そうなんちゃうんかなぁ

ダメだよ、さ、あかんやろぉ

 

自分のブログやねんから、好きに書いたらええのか。

めっちゃ不思議

いつも、〜べき、に囚われている。

関東に行って、「関西弁が怖い。使わないでほしい」と言われたこと、ずっと引きずってる。

「標準語が冷たい。使わんといて」って言ったら、困ったやろうに。

マジョリティって暴力的!って思った。

 

「関西の人って、東京に来ても頑なに関西弁を標準語に直さないよね」

 

と、人の言葉を直す対象として捉えられる人とは、絶対に反りが合わない。

正直、そういう人は傲慢すぎて気持ち悪い。

話したくもない。

自分の狭い範囲で身に付けた普通を世の普通として、ぶつけてくる暴力的な人。

一番、嫌いな人種だ。

そういう人には、そもそも 近づかないので、今はわたしの身の回りにはいない。

ヤンヤ♪└|∵|┐♪└|∵|┘♪┌|∵|┘♪ヤンヤ 

f:id:novintos:20170326101611j:image

 

 

西永福で優しさに触れた日

ブログ

今日は西永福を訪れた。

 

 

大学3,4年生の頃に住んでいた杉並区西永福

バイト先の塾が西永福から徒歩5分の永福町にあった。

一人暮らしなのに通学だけで1時間20分かかるわたしに気をかけてくれて、塾長が不動産屋さんに声を掛けて部屋を探してくれた。

 

自分がかつて住んでいた場所を訪れると、泣きそうになる。

かつてどんな気持ちでこの道を歩いていたか、誰がわたしの部屋に訪れたか、何があったか、色んなことを思い出す。

 

悲しいから泣くのではなくて、嬉しい出来事も悲しい出来事も、その時を懐かしく感じて、もうそれが過去であること、

 

当時わたしにとって全てだった「その時」は、今はわたしの中にだけ存在していること、

 

愛おしさも込み上げて、刹那的で、泣いてしまうのだ。

 

今住んでいる場所も、いつか訪れた際、同じくそうなることも思って、今のすべても儚く感じる。

 

今も多感なわたしが、もっともっと多感だった時期に住んだ町、永福町はとても心を抉る。

 

かつての家を外から見た。

大学3年生、母が遊びにきたとき、わたしが彼女の期待に応えなかったから、突然帰ると言われた。

あなたにはがっかりした、来なきゃよかった、そんな人だとは思わなかった、と怒鳴られた。

身体が固まって、動けなくなって、涙がぽろぽろ洪水のように出てきた。一緒にいてほしい、行かないで、ごめんなさいとなんとか絞り出して言った。

母は動かないまま泣いているわたしを少し睨んでから、もう嫌いやって言って勢いよく出て行った。

ドアの方を向きながら、まだ体も動かせず、ぽろぽろぽろぽろずっと泣いた。

 

その家では悲しいことばかりではなかったが、その体験は強烈にわたしの中に残っていて、家を見て思い出した。

同時に、当時慰めてくれた人々も思い出した。

 

よくランニングをしていた神田川沿いを歩いた。

5年前、夕方のランニング中に見える電灯の光に吸い込まれて消えてしまいたいとおもった。その電灯も見つけた。

死にたいと思ったことはない。でも、消えさりたかった。

5年前はどうして自分がそう思うのか分からなかったが、傷ついていた。惨めだった。

 

神田川沿いのベンチに座り、わたしはぼんやり泣きそうになっていた。

お昼頃にショッキングなLINEをもらったことも重なっていた。

 

数分座っていたら、後ろから声を掛けられた。

 

「ねえ」

 

振り向くともんぺ姿の150cm程の、腰の曲がったおばあさんがいた。

 

「やっぱりかわいい。べっぴん。わたし、遠くからみて、絶対素敵な女の子だと思ったのよ。わたし、後ろ姿でわかるの。」

 

後ろ姿から、わたしが泣きそうなことが分かったんだと思う。

 

「ありがとうございます。

待ち人来らず、なんです。」

と茶化して笑って答えた。

 

「あなたは素直で可愛くていい子だから、ちゃんと来るよ。ちゃんと会いたいって言ったら来てくれるから。甘えることがコツなんだよ。男性は甘えられることが好きなんだよ。胸も豊かだし良いわね!」

 

とウインクをされた。

 

おばあさんはわたしの目の前の花壇へ向いて、パンジーの萎びれた花を摘みはじめた。

 

「古い花を摘まないと、新しい花が咲かないんだよ、パンジーは。だからわたしは毎日摘みにくるんだ。古いものを出して初めて、新しい花が咲けるんだよ。」

 

おばあさんは15分ほど話していた。

生まれた時から左手が使えないこと

障がい者手帳のこと

亡くなった旦那様のこと

男性選びの基準等々

 

「あなたはいい子だね、こんなばあちゃんの話を聞いてくれて。あなたと会えてわたしは幸せだよ。」

 

そんなことないです、ずっと励ましてくださってありがとうございます。

と、答えた。

おばあさんの話を聞きながら私はずっと泣きそうだった。

 

「おばあさんは行くからね。

幸せになりなよ。あなたは幸せになるよ。大丈夫。」

 

 

わたしは泣きながら元来た道を神田川に沿って歩いて帰った。

捨てる神あれば拾う神あり

優しいお母さん、優しいおばあちゃんに私はなりたい。

f:id:novintos:20170312181103j:image

人生は満たす器ではなく、燃やすもの。

ブログ

 

人生は満たそうとする器ではなく、燃やすもの。

という文章に出会った。

 

幸せになりたい、と言うけど

幸せな状態って満たされている状態のことなのかな。

 

最近読んだ文で、

「幸せになるより、幸せを求めることの方が難しい」

というものがあった。

すごくわかる。

 

求めるためには、求める対象を認識しておく必要がある。

人と話していて苦しそうだと思う時は、今のままじゃ不満足なんだけど何を手に入れたら幸せになるのかが分からない状態。

 

基準がない故、方向性もなく、募る焦燥感。

わたしもよく感じる。

 

でも、実は、手に入れようとするという考えから、すでに違うのかも。

何かを手に入れることを幸せとするから、手に入れた瞬間しか幸せでなく、また新たなものを求めて、際限なく満たされない。

 

でも、命を、自分のもっとも燃やしたいように燃やすことが出来ることが幸せなら、幸せはいつもわたしたち自身の中にあるように思える。

わたしたちの、自分の行動を選ぶことが出来る自由、そして自律性の中に幸せがあるのかな。

なんだか、救われる考え方だ。

f:id:novintos:20170311161224j:image

 

 

与えられた刺激は飽きる!

ブログ

わたしは危険で刺激的なことに惹かれた。そして新たなる刺激を求めていた。

なぜ、満足できなかったのか。

なぜ、満足できないのか。

 

  

さっき、ピンと来たのです。

自分の謎が明かされた気分。

 

 

人から与えられた刺激には飽きるのです。

 

 

 

 

わたしは刺激が好きです。

人を驚かすことも、驚かされることも、好きです。

いたずら好きです。

 

ドキドキさせられることも、ドキドキさせることも好きでした。

危険なことにギリギリの所まで近づくのが好きでした。

 

 

世界の色んなことが、このドキドキを得るための道具に思えたのです。

ドキドキを得るために危険にも近づきました。

よく無事だったね、と言われることもあります。

 

考え返してみると、危ないですね。

さすがに、ここ最近は危ないことはしておらず、上記は20代前半の話です。

父からは、「ははは!きみの人生の本を書くといいよ!」と笑われました。

 

アウトなことも起こりそうになります。

運良く、いつもセーフでしたが…もう運が良かったとしか言いようがありません。

 

 

なぜ、そんなことをするのか。

虚しくなるのに。飽きるのに。

なぜ、わたしは刺激的なことに惹かれたのか。

 

自分で刺激を生み出していないから

だったのだと気付きました。

 

内側から楽しいことをしないと、外側に刺激を求めます。

外側、特に他者から継続的な刺激を求めることは、はなから無理な話。

 

 

要は、与えられた刺激は飽きる。

自分で自分をワクワクドキドキさせるようにすれば良い話なのですね。

刺激への飢えを満足させる唯一の方法に気付いた気がします。

スッキリしました。

 f:id:novintos:20170228220515j:image

 

大人になるということの一つ

ブログ

人を愛すという選択をすること

わたしにとって大人になることの一つ

 

ふと振り返ると、

自分が4,5年前に持っていた考えをもう持っていないことに気付いた。

 

・人生には目的がある。

・人を知る事は出来なくて、人を知ったような気になる誤解しかない。

・内省することに一番価値がある。

・自分を小馬鹿にする。

・人を小馬鹿にする。

・旅行なんてしたくない。

・お金は可能な限り貯金したい。

・私を好きになる人は頭がおかしい。

・家族と縁を切りたい。

・自分は不幸だ。

・わたしには何でもできる。

・わたしには何にもできない。

・誰もわたしを理解できない。

・この人しかわたしを理解できない。

・わたしは面倒だ。

・いい子でいなきゃ、好かれない。

・誰にも好かれていない。

・けど、しょーがない。賢くもなく、可愛げもなく、愛嬌もなく、素直でもない。

 

 

等々、まだまだ考えればあるんだろう。

要するに、愛されたい、わたしはダメだ、あの人はすごい、いや、わたしがすごい、あの人がダメだ、こんな捉え方しか出来ない私はダメだ、のループ。

 

 

劣等感と優越感のループ

 

 

あの頃は、不器用に自覚しながらもどうしていいのか分からず、愛してほしい気持ちが重すぎて、振り回されて、ずっと肩が凝っていた。

 

上記の考え方が要所要所で顔を出しながらも4,5年経つ今、なんだか、殆どが溶けて流れて出てしまった気がする。

愛してくれた人たちに抱きしめられて、彼らに吸い取ってもらった気もする。

きっと元の塊はまだ私の中にあって、無くなることはないかもしれないけど、今は自分で処理できる部分が多い。

 

 

人をたくさん傷つけて、稀に傷ついて、わたしの劣等感を溶かしてくれるほど圧倒的に愛されて、その100分の1くらいは愛すことが出来て

 

なんだか家族っていいな。

結婚したい、かも。

という気持ちを持つまでに至った。

 

 

これからの自分も愛してる。

 

f:id:novintos:20170225094237j:image

 

 

 

 

最近は白紙 たぶん過渡期

ブログ

 

年始に再来年以降の計画を白紙に戻してから、ふわっとした足取りのまま23日経った。やっと一人でぼーっと考えごと。

 

 

仕事はふわっとしておらず週6,7のまま。やることが増えて、大きなことを任せてもらえることが嬉しくてやる気が湧くあたり26歳っぽい。

 

2017年は2016年と違う感じ方。

仕事が難しくて、楽しくて、住んでる場所も、周りにいる人たちも好き。

2016年に学んだことが活かせてる感じもする。

よくわからん虚栄心をぼろぼろになりながら薄くした年として、2016年は自分にとって辛いながら大切だった。

 

このまま、仕事になんだかんだ精を出しながら生きていくのもいいかも。

って、前向きだけどふわっとしてる。

 

身体も軽いし、頭も軽い。

何かを考えないといけない気がふと頭をよぎることもある。

 

12月末にちょいと燃え尽きたみたい。

いつまでも白紙でいるつもりは多分ないけど、ただ目の前のことに流されているのも楽。楽と楽しいのは違うけど。

方向は定まっていない。

 

今までの自分らしくないけど、自分らしさほど定まらないものもないだろうし。

定まってないあたり、自分らしい。

今たぶん過渡期。

 

f:id:novintos:20170123222731j:image

そこに居続ける覚悟

ブログ

肩書きを変えること、居る場所を変えることだけが前進じゃない、勇気じゃない。

そこに居続ける勇気。

わたしにとって、居続ける覚悟は、居ることで引き起こされる感情や物事の結果を、自分で引き受けること。

 

離れると決めたところに、考えを改めて、もう一年居るということ。

私にとっては、それは場所を変えることよりも勇気がいる決断だった。

 

新しい環境は心躍る。

環境を変えることに慣れていた私にとっては、変えていく方が自然に感じた。

でも、残ると決めた。

不安はある。

"離れたらよかった、

やっばりやめたらよかった、

せっかく残ったのに、

また傷ついた。"

思いたくない。

 

本当に人の尊厳を奪う職場はあると思うから、どの職場にも居続けることが最善だとは思わない。

 

人生のすべて、わたしが意味付けしていくものだから、わたしが納得してるかによる。

 

1年後に、残ってよかったか否かを決めるのは、わたしがどう意味付けするかによる。

 

 

ようやく、自分の淵に少し触れた気がする。また少し変わった自分を感じる。