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novintos

のびられぬ日はのびぬなり

何のために人と一緒に居たいか

それは不安を消してもらうためじゃない。相手の存在を喜ぶため。

心細くて胸がきゅーーっと苦しくなる時は今もある。
だけど、それを解消したいから、誰かと一緒にいたいとは思わなくなった。


ぎゅうって抱きしめ合って、相手が、お互いがここにいて抱きしめ合えることに喜びを感じるようになった。



わたしを慰めるために相手が存在しているんじゃない。

相手を慰めるためにわたしが存在しているんじゃない。






わたしの御眼鏡に適うために相手が存在しているんじゃない。

相手の御眼鏡に適うためにわたしが存在しているんじゃない。





相手が、お互いが、ここに一緒にいることを喜び合えること

それがわたしにとって大事なんだって気付いた。

大掃除 人との縁を手放す

お部屋を大掃除中です。
たくさんものを捨てています。


捨てる基準は、来年の4月、アメリカに持って行きたいか否か



わたしは所有物は少ない方だと思います。
でも、余計なものは増えるもの。


去年から人間関係も見直していて、会いたい人としか会っていない。


テキトーに捨てたくないから
テキトーに買わない。
テキトーに別れたくないから、
テキトーに結ばれない。

物との関係性、人との関係性
反映しあう。


わたしが知っている、
数少ない、俗に言う
エライ人・・・
有名な人・・・
お金持ちの人・・・
変に甘い人・・・
支配的な人・・・

どこか、縁を離したら勿体無いという気持ちがあったと思う。


でも、
私に失礼な人とはどんな相手でも会いたくない。
会いたくない人との縁は、思いきってこちらから離すことに。

エライから・・・
有名だから・・・
お金持ちだから・・・
わたしには甘いから・・・

それは

エラくないから
有名じゃないから
お金持ちじゃないから
わたしに甘くないから

だから付き合わない、に繋がる。


物も「高かったから・・・」なんて理由で、もう欲しくないものを捨てられなくなりそう。

感覚が鈍りそうでイヤ



会いたいか、会いたくないか


関わる物や人が、人生の変化と共に移ろい行く

また出会うときもあり、
もう会わない時もある。
それでよし

なのでは〜!?



何がしたいかわからない休日にとりあえずすると良いこと4点

1. 掃除
実は部屋が汚いから、やる気がでないだけ。汚いところにいると自分がゴミみたいに思えるのは自然なこと。

2. 自炊
近頃、創作的な活動をしていないから、やる気がでない。まずはお米を炊いてみるところから。もしくは無限ピーマンを作るとこから。

3. あてもなく散歩
身体を動かしてなさすぎて自己嫌悪してるだけ。買い物にでも、本屋にでも散歩。

4. 身なりを整える。
服を着てお化粧する。キャミソールとか部屋着+すっぴんで部屋をうろうろごろごろしてたら、そりゃやる気はでない。


身体を動かして、初めてやる気がでる。まずはしのごの言わずに掃除をしてみたら、あとは自然と軌道に乗る。

善か悪か分けたい時は、早く安心したい時

揺れる。



最近わたしがした判断は、「進む」に分類されることだと思っていた。


去ると決めた処は悪い。
行くと決めた先は善い。

悪いから去るのだ。
善いから行くのだ。

そう思った方が、正しいことをしている感じがして、判断がしやすい。
レーベルを貼って、安心したい。
今まで、色んなことを、善悪に分けてきた。

今日、引き留められて、

善し悪しは付けられないのかな

って思った。
わたしが去る処には仲間がいて、わたしが進む先にもまだ見ぬ仲間がいる。

視点を変えれば、人が生きることは素晴らしいことになり、ゴジラが人類を滅ぼすことが素晴らしいことにもなりうる。


本当は、自分が何処かを去るという決断をしたことを直視したくないだけ。
すごく悲しいし、不安だし、折角引き留めてくれているんだからここにいたい気持ちもある。



だからこそ、ここで一息。
道を選ぶ上で大切にしたい点を再確認する。
点が揺らがなければ、思いが揺れても大丈夫。

どちらがわくわくするか。
どちらもわくわくするなら、もしお金も時間も何も心配しなくて済むのなら、どちらを選ぶか。

考えること、それ以上に感じることをわすれずに〜




今夜は味噌ラーメンが美味しかった・・・。

つけめん愛が重荷に変わる時

みなさんは、つけ麺好きですか?


わたしはつけ麺博に通うほど、好きです。

いえ、今となれば、好きだったという方が正確かもしれません。



わたしのつけめんへの愛が、わたしを縛り付ける重荷になっていると気付くまでは。


ことは約二週間前、用があって麻布十番に行った際、帰りに冷やし中華を食べたい気持ちになり、ラーメン屋さんを探しました。

南北線麻布十番駅、4番出口を出て徒歩1分の「156(イチコロ)」というラーメン屋さんを見つけたのです。


<日本一美味しい冷やし中華!>

と書いてあるのに惹かれて入って、私が頼んだのはつけめん。

冷やし中華を求めたのに、頼んだのはつけめん。

つけめん好きとして、一回はつけめんを食べなきゃと思ったのです。

食べたいのは冷やし中華
頼んだのはつけめん。

おかしいなぁと思いながら、大して美味しくないつけめんを食べました。



今日、またもや麻布十番へ。
そしてリベンジ気分で156へ。

つけめんを既に食べているので、好きなものを選べます。
会社の同僚が台湾まぜそばが美味しいと言っていたので、似てるような鶏塩まぜそばを頼みました。

すごく美味しい。感動です。




その時、気付いたのです。


あれ?
つけめん好きって設定、なんか重くない?






つけめんを好きな気持ちに縛り付けられてる??



そんなこと、つけめんは望んでいない。わたしも、そんな気持ちでつけめんを愛していたんじゃない。
きっと、色んな美味しいものを知っている中で、そして知り続ける中で、それでも『つけめん美味しい!』って感じるからつけめんが好きなわけで・・・

「わたしのことが好きなら他の麺なんか食べないでよ。食べるのはわたしでしょ?」なんて主張をする、そんな傲慢なつけめんに、私がさせていたんだと。


醤油も、塩も、豚骨も、とても好きなのに、最近そんなつけめん食べてないのに、つけめん好きでいる自分に拘っていただけだったんだ。

つけめんだけが好きなんじゃなくて、麺が好きなんだ。

そう思ったら、思い込みが解けた気がしました。



そんなことを思って鶏塩まぜそばを食べました。
お店を出る頃には「8年付き合ったから、義務感で結婚し(てあげ)た」みたいことを言う男性の横っ面を引っ叩いてやりたい気持ちになりました。

アメリカ旅、よかったわーい


二週間の米国フロリダ・ミズーリの旅が終わり、締めはSt. Louisのこちら


Gateway Arch

中にゴンドラがあって、登り4分 下り3分で移動できます。

お父さんと一緒に登りました。
夕方から夜に掛けて、オレンジと薄紫の夕日が沈んで、街の光が煌めく様子を192mの高さから眺めました。


「あと半年ちょっとでこの国に住むのか」

そんな気持ちが足先からお腹を通って指先から頭まで、



ジーン



わたしはアメリカで住める。
なんなら、永住できる。


この旅で力強く背中を押してもらった。
住め住め住んでみろ
どんとこいよカモン!
って言われた感じ。

3日前、スーパーの前で女性が転倒して動けずにいたので、救急車を呼んでもらって、救急車が来るまで介抱した。
手を握って、話しかけて、水を飲ませて、背中をさすって、扇いだ。
見つけたらほっとけない。
後先考えずにぱっと体が動く。
それがわたしの気性のひとつらしい。


言葉は十分出来るし、結局言葉じゃなくて醸し出す雰囲気と行動なんだ。

それなら大丈夫。
日本とアメリカ以外の国にも住んでみたいかも。出来ると気付いたから。

「どこに行っても大丈夫」
人に言われることはあっても、自分で思うことはなかった。
今は、多分大丈夫。
えっへん。
鼻高々で帰国するお調子者なのでした。

私の「これがいい!」を大切にすること

3歳の頃の自分の写真を観て、この子には幸せになってほしいと心から思うから。



小さい頃は、思い通りにならないことが多かった。

「やめて」と言ってもやめてもらえず、
泣いてもやめてもらえず、
「行きたくない」と言っても連れていかれ、
自分の存在の軽さを感じるばかりだった。


傷つかないように身につけたのは「なんでもいい」の口癖


なんでもいいと言うこと
無表情でいること
良い成績を取ることが
わたしなりの親への反抗だったんだと今は思う。


・・・

そんな時期はとっくに過ぎ

25歳になって、また一歩進んで、わたしが選べたのは、

「これがいい」

人生は私の創造物だから
人生はわたしの壮大なart
わたしがartist

何を大切にして
何を捨てるかを決めること。

何を言っているんだと思う人には、
じゃあ、誰があなたの人生の選択をしてきたの?
これからは誰が選択していくの?
と聞きたい。


たくさんの「なんでもいい」と
本当に大切なことへの「これがいい」のバランス


誰かの「それやめなよ」を大切にしている暇はない。