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novintos

のびられぬ日はのびぬなり

自分の特性を知って、活かす環境を作る

 

 

 

人には色んな側面がある。

 

その側面は

自分の特性×環境

の掛け合わせで、バリエーションが増えるし、多様性を持つ。

 

どの感情や側面に目を向けるか、ということも大きいと思うけど。

 

 

私の特性は…

感受性が高いこと

エネルギーが大きいこと

 

 

 

感受性が高くてエネルギーが大きいから、発散すること/表現することが好きだったり。

笑ったり、泣いたりする。

 

(その感受性で受け取ったモノのどれに注目するか、という話にもなる。

感情や考えは生き物で、注目すればするほど、餌をあげているのと一緒。

育っていく。)

 

 

私の感受性×私のエネルギー×人

 

感受性×エネルギー×狭い部屋

 

感受性×エネルギー×自然

 

感受性×エネルギー×スマホ

 

感受性×エネルギー×本

 

感受性×エネルギー×運動

 

感受性×エネルギー×恋愛

 

 

 

色んな組み合わせがある。

 

自分にはどの組み合わせが良い環境になるのか、そもそも良い環境とはなんぞや、という問いが先にあると思う。

 

私にとっての良い環境は、

自分のエネルギーが前向きに、

楽しくor生産的or愛情深く、

発散されること🍀

 

 

良くない環境は

そのエネルギーが一つの物や者にのみ向くこと💦

 

 

自分の特性を認識すると、どの環境を選べばいいか、見えてくる気がする。

 

心身を整えるのに、環境選び、とても大事。

 

26年生きてきて、今の自分なりに、自分の特性を少し掴みかけている気がする。

 

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blessings には、

自分の特性も含まれる。

 

 

 

 

 

この人に愛されたい。

愛されたい人に、素直に求愛すること。

 

誰に愛されたいかを感じて、その人の元に行けばよかったんだ。

 

 

「この人に愛されたい」と感じる相手が、愛している相手かもしれない。

「この人に愛されたい」と感じる相手を素直に求めたらよかったんだ。

 

逆に考えると、この人に愛されたいと思わない相手から愛されなくても、別にいい。

 

 

この人に愛されたい、と

この人を愛している、は

ほぼ同じ時にこみ上げてくることかもしれない。

 

 

恋愛関係と友人関係の大きな違いは、

 「この人から恋人として愛されたい」

と思うかどうかだと思った。

 

 

誰を求めたらいいのか、長い間分からなかった。

 

嫉妬も、よく分からなかった。

自分が嫉妬することがなかった。

束縛したい気持ちも分からなかった。

なんで嫉妬してくれないの?と怒られたこともあった。

きっと、愛情表現が足りないって寂しかったんだろう。

今更わかる。

 

 

 

「この人、愛せそうかな」

「この人、愛してくれそうかな」

「この人といたら寂しくないかな」

 

ではなくて、

 

「自分はこの人に愛されたいかな」

 

と自分を問うことはなかった。

 

 

 

素直に欲しがればよかった。

束縛したい気持ちが湧いてきてもダメじゃない。

わたしだけを恋人として愛してほしいって感じる人を、見つければいい。☺︎

 

※愛してもらいたい、ということは、愛してくれる相手がいないと私が瓦解することではない。

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結婚、したい?

スノボ、したい?

スカイダイビング、したい?

運転、したい?

歌、歌いたい?

CA、なりたい?

アイスクリーム、食べたい?

 

趣味嗜好がある。

どちらでもいい。

 

そんな並びに、

 

 

恋人、ほしい?

セックス、したい?

キス、したい?

結婚、したい?

子ども、ほしい?

 

があってもいいのでは。

アイスクリームを食べたくなくてバカにされることって、あまりない。

 

「本当はアイスクリームを食べたくて、それでも食べられない人だ!」

とは言われない。

なんで、恋愛や結婚や子どもを設けるかになると、アホほど二択に拘るのか。

 

アイスクリームを食べたくない人は異常じゃないでしょ。

人生でアイスクリームを重要に考えていない人がいても、別にいいでしょ。

 

アイスクリーム、食べたい時も食べたくない時も、タイミングにもよるでしょ。

 

アイスクリーム、普通食べたいでしょ!

って責めてくる人がいたら、正気を疑う。

結婚とか子育てとか、より影響が大きいものについて責めてくる人は、もっとおかしくない?

 

 

食べ物に例えた時、かなり分かりにくいと言われる。

また考えよ。

 

自分の心を守ることは自分にしか出来ない

帰省を一週間早く切り上げて、二日間の滞在で、昨日鎌倉へ戻ってきた。

 

 

何かしたくて、春休み中の職場に向かった。幸いすることはたくさんある。

 

 

昨日、母が怒りで興奮しているのを見て、昔のことを思い出して、怖くなって、帰ろうと決めた。

ドンドンドンドン足音を立てて歩いて、ヒステリーを起こして怒鳴り立てる母を見て、聞いて、昔ならそこでどうされていたかを思い出した。

 

身が縮こまって、肺が圧迫されて、呼吸が浅くなる。小学生の時に過呼吸になったことを思い出した。

息がうまく出来なくて、震え始めて、自分の中の怯えた子どもが顔を出す。

家の中に、自分を攻撃してくる人がいることは、とても怖い。

安全地帯がない。

とても耐えられなかった。

昔は、自分の気持ちに無関心になるか、人に攻撃的になるか、の二通りしかなかった。

大人になった今、その場を去ることができる。

母が出かけた隙に、メモ書き程度の手紙を置いて去った。

英断だった。よく自分の心を守ったと、昨日の自分を抱きしめてあげたい。

 

鎌倉に帰ってよかったと思う。

いつもはそこで我慢して、無表情になって、冷たい目つきになってまで、家に残るけど、今度は自分の心を優先した。

母といるには、柔らかい心じゃダメなんだ。

悲しい、とか、寂しい、とか、表してはいけない。

共感を求めてはいけない。

ぐちゃぐちゃに傷付けられて、悲しくなるだけだから。

人に柔らかい部分を見せると傷付けられる、と誤って学習してしまう。

そこまで傷ついてまで、母は、側にいてほしい人だった。

愛されたかった。

でも、今は私を愛してくれる人がいる。

それ以上に、私が私を愛しているから。

私が母といるには、自分が傷ついていることに気付かないよう、自分の感情に無頓着になるしかない。

傷付くことを無視する。

 

でも、互いに歩み寄れないまま、わたしの心が傷ついてまで一緒にいた方がよい人間は、この世に存在しない。

それが他人でも、家族でも。

わたしにとって、わたし以上に大切な存在はないから。

 

 

 

今日は、後遺症のようなものがあった。

今朝は起きた時から自分の顔つきが鋭く、怒っている目つきだった。
すごく攻撃的な表情になっては、全部どうでもいいような虚ろな表情になるを繰り返す。身体がふわふわした。

 

中・高校生の時は家にいる時
大学生の時は一人でいる時


こんな顔をしていたのを体感的に思い出す。社会人になってからは、初めてだった。

とても馴染みのある表情だったけど、初めてその表情を認識した。

認識できるようになるなんて、大人になったんだなぁ、と思った。

 

 

今日、同僚と世間話をしていて

意見を訊かれるたび、

「なんでもいいです」と何度も言いそうになった。

小・中・高校生の時の家での口癖だ。

本心は「どうでもいい」だけど、そう言うと相手が気分を害するから「なんでもいい」。

実家にいると、したいことがわからなくなる。

こうしたい、ああしたい、というものがわからなくなる。

誰といたいかも分からなくなって、どうでもよくなる。

すべて、嫌なことを分からなくするためだった。

されて嫌なことも、されて嬉しいことも分からなくなったら、何も気にしないで、飄々と生きていける。

誰に身体を触られようと、抱かれようがどうでもよいほど、全部どうでもよくなる。

今思うと、それは自暴自棄ってやつだ。

 

話は逸れるけど、

よくぞ

よくぞ

よくぞ

弱みに付け込む狡い男性や、お金を巻き上げる宗教に嵌らず、自傷行為もせず、ここまできた、と自分に言いたい。

そうした人たちが、特別弱い人間だと思わない。

すがる対象が必要な、大変な孤独を抱えていたのだろう、そんな環境だったのだろうと思う。

簡単に批難できる人は、たまたま今までラッキーだっただけだ。

いや、アンラッキーかな。

人の弱みを指差して笑う人は、心と想像力と人生経験が貧しい可哀想な人なのだと思う。

もしくは、自分の傷に気付かないフリをしている人。

どちらにせよ、可哀想だ。

 

 

 

正午まで、そんな気持ちになっていた。

息がしづらくて、お腹は鉛を飲み込んだように重かった。

でも、職場でたまたま子どもたちと会って、子どもたちが抱きついてきて、お腹の鉛も消え去っていった。

こんな事があるから、誰が孤独か、顔を見て気付くこともある。

抱きしめられる。

自分の経験に、感謝できる。

今日、急速に正常に戻りつつあり、あと2,3日したら本格的に落ち着く気すらする。

 

 

今回、帰省をして気付いたことはたくさんあった。

わたしは、優しさを求めるあまり我慢を強いる。

相手にも、自分にも。

我慢することが愛だと思っていたから。

自分が傷ついていることを我慢して、そこに居る方が、相手が傷付くより良いと思っていた。

逆も然り。

今回は、そうじゃないと思えて、帰ってきた。

心に、母はいつもいる。

深く愛している。

心には大切に居れど、側に居てはいけない人は、きっといる。

優しい気持ちになれる人と側にいたい。

自分の弱い部分、甘える部分を見せられる人と一緒にいたい。

泣いたら、泣いたことを責めてこない人と一緒にいたい。

20の時、母に言われたことで泣いた私を見て、鼻で笑いながら「なんでぶりっこしてるの?可愛くないよ」と母に言われてから、人前で泣くのがとても怖かった。

社会人になって、素直に泣く子どもたちと触れ合ったこと、恋人に深く愛されたこと、たくさんの方々との交流で、鎌倉の場所に、心が癒されて、抱きついて泣けるようにまでなった。

本来の、とても涙脆い自分が安心して現れるようになった。

 

多分、今、そんな心を許しあえる恋愛対象を探すということも選択肢の一つなんだろうけど、

本当は、自分にとって自分が一番の甘えられる人になることが、私の求めている道なのだと思う。

しんどいなら鎌倉に帰っておいで

と、今回は人に言ってもらえたから帰ると決められたけど、本当は自分が自分にそれを言ってあげられるといいんだろう。

自分で自分のことを決めて、

自分で自分のことを慰められる

そんな人になりたい。

「人に真のところで甘えないことが、あなたの偉いところであり、厳しいところだね。」と言われた。

だから、わたしはブログを書くのだと思う。

 

 

帰らないと自殺します。

あなたがいないと生きていけません。

 

家を出て30分後、母からメールが来た。涙がこみ上げてきて、顔を押さえて、電車のホームで嗚咽した。

 

瞬時に2つの気持ちが沸き起こった。

 

帰らなきゃ。また脅された

私は一生この人に脅されて、一生自分の心を生贄に母を生かすしかない

 

という気持ちと

 

愛している母を、突き放して、ここまで追い詰めて、わたしはなんて事をしているのだろう。可哀想な、酷いことをしてる。

 

 

意識が本当に真っ暗になって、フラっとした。顔を押さえて、うあ、とかなんか呻いた気もする。

でも、これじゃ何も変わらない。

自分を大切にしたい、と思った。

 

深呼吸して、迷いながらも

「愛しているから帰るよ。また会いにくるから。愛してるよ。」

と返信して、電車に乗った。

お互いのために、適切な距離感を探しながら、これからも母を愛するために。

 

母を愛する距離が、会わない距離だとしたら、それもまた良いと思う。

しょうがない。

家族関係も人間関係。

うまくいかない時もある。

うまくいく時もある。

なるようにしかならない。

そんなもんでしょ。良い意味で。

 

 

関西弁

なんて気持ちいいんやろ、関西弁。

 

こどものころから使ってる言葉、というか音

 

わたし、なんて使ったことなかった。

うち、って呼んでた。

そうだね、は、せやね

いいよ、は、ええよぉ

そうじゃない?、は、そうなんちゃうんかなぁ

ダメだよ、さ、あかんやろぉ

 

自分のブログやねんから、好きに書いたらええのか。

めっちゃ不思議

いつも、〜べき、に囚われている。

関東に行って、「関西弁が怖い。使わないでほしい」と言われたこと、ずっと引きずってる。

「標準語が冷たい。使わんといて」って言ったら、困ったやろうに。

マジョリティって暴力的!って思った。

 

「関西の人って、東京に来ても頑なに関西弁を標準語に直さないよね」

 

と、人の言葉を直す対象として捉えられる人とは、絶対に反りが合わない。

正直、そういう人は傲慢すぎて気持ち悪い。

話したくもない。

自分の狭い範囲で身に付けた普通を世の普通として、ぶつけてくる暴力的な人。

一番、嫌いな人種だ。

そういう人には、そもそも 近づかないので、今はわたしの身の回りにはいない。

ヤンヤ♪└|∵|┐♪└|∵|┘♪┌|∵|┘♪ヤンヤ 

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西永福で優しさに触れた日

今日は西永福を訪れた。

 

 

大学3,4年生の頃に住んでいた杉並区西永福

バイト先の塾が西永福から徒歩5分の永福町にあった。

一人暮らしなのに通学だけで1時間20分かかるわたしに気をかけてくれて、塾長が不動産屋さんに声を掛けて部屋を探してくれた。

 

自分がかつて住んでいた場所を訪れると、泣きそうになる。

かつてどんな気持ちでこの道を歩いていたか、誰がわたしの部屋に訪れたか、何があったか、色んなことを思い出す。

 

悲しいから泣くのではなくて、嬉しい出来事も悲しい出来事も、その時を懐かしく感じて、もうそれが過去であること、

 

当時わたしにとって全てだった「その時」は、今はわたしの中にだけ存在していること、

 

愛おしさも込み上げて、刹那的で、泣いてしまうのだ。

 

今住んでいる場所も、いつか訪れた際、同じくそうなることも思って、今のすべても儚く感じる。

 

今も多感なわたしが、もっともっと多感だった時期に住んだ町、永福町はとても心を抉る。

 

かつての家を外から見た。

大学3年生、母が遊びにきたとき、わたしが彼女の期待に応えなかったから、突然帰ると言われた。

あなたにはがっかりした、来なきゃよかった、そんな人だとは思わなかった、と怒鳴られた。

身体が固まって、動けなくなって、涙がぽろぽろ洪水のように出てきた。一緒にいてほしい、行かないで、ごめんなさいとなんとか絞り出して言った。

母は動かないまま泣いているわたしを少し睨んでから、もう嫌いやって言って勢いよく出て行った。

ドアの方を向きながら、まだ体も動かせず、ぽろぽろぽろぽろずっと泣いた。

 

その家では悲しいことばかりではなかったが、その体験は強烈にわたしの中に残っていて、家を見て思い出した。

同時に、当時慰めてくれた人々も思い出した。

 

よくランニングをしていた神田川沿いを歩いた。

5年前、夕方のランニング中に見える電灯の光に吸い込まれて消えてしまいたいとおもった。その電灯も見つけた。

死にたいと思ったことはない。でも、消えさりたかった。

5年前はどうして自分がそう思うのか分からなかったが、傷ついていた。惨めだった。

 

神田川沿いのベンチに座り、わたしはぼんやり泣きそうになっていた。

お昼頃にショッキングなLINEをもらったことも重なっていた。

 

数分座っていたら、後ろから声を掛けられた。

 

「ねえ」

 

振り向くともんぺ姿の150cm程の、腰の曲がったおばあさんがいた。

 

「やっぱりかわいい。べっぴん。わたし、遠くからみて、絶対素敵な女の子だと思ったのよ。わたし、後ろ姿でわかるの。」

 

後ろ姿から、わたしが泣きそうなことが分かったんだと思う。

 

「ありがとうございます。

待ち人来らず、なんです。」

と茶化して笑って答えた。

 

「あなたは素直で可愛くていい子だから、ちゃんと来るよ。ちゃんと会いたいって言ったら来てくれるから。甘えることがコツなんだよ。男性は甘えられることが好きなんだよ。胸も豊かだし良いわね!」

 

とウインクをされた。

 

おばあさんはわたしの目の前の花壇へ向いて、パンジーの萎びれた花を摘みはじめた。

 

「古い花を摘まないと、新しい花が咲かないんだよ、パンジーは。だからわたしは毎日摘みにくるんだ。古いものを出して初めて、新しい花が咲けるんだよ。」

 

おばあさんは15分ほど話していた。

生まれた時から左手が使えないこと

障がい者手帳のこと

亡くなった旦那様のこと

男性選びの基準等々

 

「あなたはいい子だね、こんなばあちゃんの話を聞いてくれて。あなたと会えてわたしは幸せだよ。」

 

そんなことないです、ずっと励ましてくださってありがとうございます。

と、答えた。

おばあさんの話を聞きながら私はずっと泣きそうだった。

 

「おばあさんは行くからね。

幸せになりなよ。あなたは幸せになるよ。大丈夫。」

 

 

わたしは泣きながら元来た道を神田川に沿って歩いて帰った。

捨てる神あれば拾う神あり

優しいお母さん、優しいおばあちゃんに私はなりたい。

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人生は満たす器ではなく、燃やすもの。

 

人生は満たそうとする器ではなく、燃やすもの。

という文章に出会った。

 

幸せになりたい、と言うけど

幸せな状態って満たされている状態のことなのかな。

 

最近読んだ文で、

「幸せになるより、幸せを求めることの方が難しい」

というものがあった。

すごくわかる。

 

求めるためには、求める対象を認識しておく必要がある。

人と話していて苦しそうだと思う時は、今のままじゃ不満足なんだけど何を手に入れたら幸せになるのかが分からない状態。

 

基準がない故、方向性もなく、募る焦燥感。

わたしもよく感じる。

 

でも、実は、手に入れようとするという考えから、すでに違うのかも。

何かを手に入れることを幸せとするから、手に入れた瞬間しか幸せでなく、また新たなものを求めて、際限なく満たされない。

 

でも、命を、自分のもっとも燃やしたいように燃やすことが出来ることが幸せなら、幸せはいつもわたしたち自身の中にあるように思える。

わたしたちの、自分の行動を選ぶことが出来る自由、そして自律性の中に幸せがあるのかな。

なんだか、救われる考え方だ。

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