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novintos

のびられぬ日はのびぬなり

フロリダに一週間居たらガラスの少年時代が強制終了

今回のフロリダへの旅で、自分の思い込みに気づいて、新たな思い込みに塗り替えることができた。
それが楽しい!感じるということ。



そしてわたしのガラスのハートが粉々に砕け散ったのだった。




1. 充分やっていける英語力を持っている
半分アメリカ人で、アメリカ以外の国で生まれ育った人にありがちな、英語コンプレックス。
十分話せるのに、まだまだだと決めてかかっていた。完璧でないと「会話出来る」レベルではないと思い込んでいた。
◯✖︎採点の一昔前の日本の教育システムの刷り込みだとも思う。
完璧じゃない。だけど0点じゃない。


2. 何処にいても、自分を魅力的に感じる人と感じない人がいる
「あなたの姉は西洋人受けする顔、あなたは東洋人受けする顔よね」という言葉を幼い頃から何回か聞き、すっかり、わたしはアメリカでは魅力的に思われないのだという思い込みがあった。
同時に、「日本で受けるということはわたしは中も外も幼いのかな」という思い込みも。
冷静になるとそんなことは無い。

前提として、アメリカには西洋人以外の人がたくさんいる。

日本で受ける顔は幼い顔ばかりではない。

そして何よりも、「魅力を感じる」というのはとても個人的なことだから。
東洋受け、西洋受け・・・
ラベル貼りをするのは、理解したと思って安心したいから。千差万別の好みの人が存在する中、自分を魅力的に思う人はどこにいても複数いる。もちろん、自分を魅力的に思わない人もいるということ。
詰まる所、相性の問題だから気にすること無し!
ダンスに誘ってくれた方達
「あなたsuper cuteよ! 何処から来たの?」と話しかけてくれた50代のおば様方
目が合ったらウインクするイケメン達よ
気付かせてくれてありがとう。
ときめきをありがとう。


3. 他者のことを気にするのを止めて、とっとと自分の問題に向き合った方が進歩的
グチならまだ自覚しやすいからマシだ。
「彼女のことが心配で・・・」と、人のことをぐだぐた挙げ連ねるだけで具体的な改善案を考えないのは、本当に向き合うべきである<自分の問題>と向き合ってないひとつの表れ。
姉を心配していたわたしのように。

人のことを「心配」する話を長々としていると、安心するのだ。
「自分は他者のことを心配する余裕があるほど、優位なんだ。心配することはない。」
そう自他に思い込ませたかったんだろうなぁ。
さっさと自分の人生をもっと大切にしよう。


4. わたしは人見知りではない。だから、パーティーは怖くない
自分は人見知りだと思い込んでいた。誰にも同意してもらったことはないけど。

パーティこわい。
もっと言うと握手もこわい。
知らない人と会うと知った時から緊張する。
知らない人に会わなくてもいいように、パーティーも紹介も避けたい。
別にそもそもそんな存在感もないしなぁ。

という少年のようなガラスのハートの持ち主の20代中盤女性だと思い込んでいた。
けども、そんなことは無かった。

知らない人と一緒に踊るわ、町内のカラオケ大会にはひとりで出場するわ、一人旅でおばちゃんたちと仲良くなるわ、近所に飲み友達は作るわ…
ブログを書いて公開している時点でガラスのハートのの字もない。

バリーン

自分が好かれるかが全てのガラスの少年時代はずっと前に、終了していたのだ。
気付いてしまったら、完全に強制終了。

わたしは自覚している以上に、強くて魅力的なのだ。きっと。


以上の4つに気付けたこと、忘れたくない。
世界をどう捉えるかは、どのような思い込みをするか。
その思い込みを固定させずにいつまでも塗り替えていくのが、きっと私にとって、生きる楽しみのひとつだから。



ワニもワインを飲む世界