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novintos

のびられぬ日はのびぬなり

良い孫になろうとするのをやめる時

おばあちゃんと3年ぶりの再会



おばあちゃんの家の近くの路に差し掛かって、そわそわし始めた。

本当に、本当に
わたしは良い孫ではない。




おばあちゃんと会えた時、

かけよって、

ぎゅうってして、ごめんなさいって言えない代わりにI love you so muchって伝えた。



嬉しさと、情けなさと、申し訳なさと・・・
90歳を越えたおばあちゃんにあと何回会えるんだろう
どれだけ愛してるって伝えられるんだろう
もっと大切にしたい
おばあちゃんは私にとってとても大切な人なんだって、伝えたい
なんでもっと伝えてこなかったんだろう

何よりも、

おばあちゃんは私にとってこんなにも大切な人だったんだ!って。


色んな想いが湧いて出てきて、泣いてしまった。
おばあちゃんも釣られて涙ぐんで、お互いにまたぎゅってした。



良い孫になろうとするから、重荷に感じて億劫になるんだ。
良い孫になれなかったらどうしようって思ってしまって。
完璧な孫にはなれないけど、目指す必要もない。
おばあちゃんを大切な想い、少しずつ形にして、伝えていこう。

どう思われるかと、自分中心に考えるフェーズを抜けて、おばあちゃん中心に考えて行動できると思えること

それは、人と話し合ったり、こうやってブログなどに考えをまとめたり、仕事に真剣に向き合って考えた経験を積み重ねられたからだとも思う。


居なくなってしまう時の悲しみを深くする行為だろうけど
まだまだもっと大切にできたのにと後悔もするだろうけど
それも深く愛した証拠だと思って、想いを形にしたい。


来年、アメリカに来るよって伝えたら、実はずっとひっそりそうならないかなぁって願っていたと喜んでくれた。


私がこう思えるのは、幼馴染が自分の気持ちをわたしに伝えてくれたから。
そんな親友を持てたこと、人生の真の恵みだと思う。

こっちにいる間、たくさん家事をしよう。

帰国したらおばあちゃんにサンキューカードを送ろう。