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novintos

のびられぬ日はのびぬなり

西永福で優しさに触れた日

今日は西永福を訪れた。

 

 

大学3,4年生の頃に住んでいた杉並区西永福

バイト先の塾が西永福から徒歩5分の永福町にあった。

一人暮らしなのに通学だけで1時間20分かかるわたしに気をかけてくれて、塾長が不動産屋さんに声を掛けて部屋を探してくれた。

 

自分がかつて住んでいた場所を訪れると、泣きそうになる。

かつてどんな気持ちでこの道を歩いていたか、誰がわたしの部屋に訪れたか、何があったか、色んなことを思い出す。

 

悲しいから泣くのではなくて、嬉しい出来事も悲しい出来事も、その時を懐かしく感じて、もうそれが過去であること、

 

当時わたしにとって全てだった「その時」は、今はわたしの中にだけ存在していること、

 

愛おしさも込み上げて、刹那的で、泣いてしまうのだ。

 

今住んでいる場所も、いつか訪れた際、同じくそうなることも思って、今のすべても儚く感じる。

 

今も多感なわたしが、もっともっと多感だった時期に住んだ町、永福町はとても心を抉る。

 

かつての家を外から見た。

大学3年生、母が遊びにきたとき、わたしが彼女の期待に応えなかったから、突然帰ると言われた。

あなたにはがっかりした、来なきゃよかった、そんな人だとは思わなかった、と怒鳴られた。

身体が固まって、動けなくなって、涙がぽろぽろ洪水のように出てきた。一緒にいてほしい、行かないで、ごめんなさいとなんとか絞り出して言った。

母は動かないまま泣いているわたしを少し睨んでから、もう嫌いやって言って勢いよく出て行った。

ドアの方を向きながら、まだ体も動かせず、ぽろぽろぽろぽろずっと泣いた。

 

その家では悲しいことばかりではなかったが、その体験は強烈にわたしの中に残っていて、家を見て思い出した。

同時に、当時慰めてくれた人々も思い出した。

 

よくランニングをしていた神田川沿いを歩いた。

5年前、夕方のランニング中に見える電灯の光に吸い込まれて消えてしまいたいとおもった。その電灯も見つけた。

死にたいと思ったことはない。でも、消えさりたかった。

5年前はどうして自分がそう思うのか分からなかったが、傷ついていた。惨めだった。

 

神田川沿いのベンチに座り、わたしはぼんやり泣きそうになっていた。

お昼頃にショッキングなLINEをもらったことも重なっていた。

 

数分座っていたら、後ろから声を掛けられた。

 

「ねえ」

 

振り向くともんぺ姿の150cm程の、腰の曲がったおばあさんがいた。

 

「やっぱりかわいい。べっぴん。わたし、遠くからみて、絶対素敵な女の子だと思ったのよ。わたし、後ろ姿でわかるの。」

 

後ろ姿から、わたしが泣きそうなことが分かったんだと思う。

 

「ありがとうございます。

待ち人来らず、なんです。」

と茶化して笑って答えた。

 

「あなたは素直で可愛くていい子だから、ちゃんと来るよ。ちゃんと会いたいって言ったら来てくれるから。甘えることがコツなんだよ。男性は甘えられることが好きなんだよ。胸も豊かだし良いわね!」

 

とウインクをされた。

 

おばあさんはわたしの目の前の花壇へ向いて、パンジーの萎びれた花を摘みはじめた。

 

「古い花を摘まないと、新しい花が咲かないんだよ、パンジーは。だからわたしは毎日摘みにくるんだ。古いものを出して初めて、新しい花が咲けるんだよ。」

 

おばあさんは15分ほど話していた。

生まれた時から左手が使えないこと

障がい者手帳のこと

亡くなった旦那様のこと

男性選びの基準等々

 

「あなたはいい子だね、こんなばあちゃんの話を聞いてくれて。あなたと会えてわたしは幸せだよ。」

 

そんなことないです、ずっと励ましてくださってありがとうございます。

と、答えた。

おばあさんの話を聞きながら私はずっと泣きそうだった。

 

「おばあさんは行くからね。

幸せになりなよ。あなたは幸せになるよ。大丈夫。」

 

 

わたしは泣きながら元来た道を神田川に沿って歩いて帰った。

捨てる神あれば拾う神あり

優しいお母さん、優しいおばあちゃんに私はなりたい。

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