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novintos

のびられぬ日はのびぬなり

結婚って、きっと他人宣言

なんだ

感覚として、私はどんな風に理解しているんだろう。

 

 

籍を入れることは、「わたしたちは一番近くにいる存在かもしれない他人です」と宣言している部分があると思う。

 

それぐらいがいい。

お互いに、お互いを完全に理解できるなんて勘違いしてると、きっと私は終わってしまう。

息苦しいし、押し付けがましいし、二人の世界でなく、二人だけの妄想世界に思えて矮小に思える。

相手は、人は、私に完全に理解されるほど単純でないし、私が完全に理解される日もこない。

 

人は本質的にきっと、ひとりなんだ。

本質的が言い過ぎなら、

わたしは感覚的にずっと、ひとりなんだ。

子どもが産まれても、子どもとわたしは別の人間だから。

だからこそ、人を求めて生きていられる。

よく分からない偽の虚無的な一体感を盲信するより、一生なくならない孤独を自覚しながら人の存在を祝って一緒に生きていく方が、私にとって幸せだと思う。

 

私がU2の "Raised by Wolves"のサビの演奏を聴くと、頭の血管が開く感覚がするのは、誰にも分からないもん。

 

 

 🐖🐖🐖

 

「あなたを幸せにしたい」って考えが好きじゃない。

と同時に、言われたら嬉しいし、相手に対しても思う。

 

・相手を幸せにしたい

・人は自分でしか幸せになれない

 

今は、この二つの気持ちを持っていて、きっとそれがどんなパートナー同士になりたいのか、という疑問のヒントになっている気がしている。

 

 🐖🐖🐖

 

 結婚式はしないだろうな。

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